音から絵へ、そして言葉へ

毎月第4木曜は、六本木ミッドタウン近くのキーストンクラブで、第4金曜は六本木芋洗坂近くのクラブTでライブである。菅野は快演をつづけている。同じ曲でも毎回曲想がちがう。また、先日のTでは「蘇州夜曲」から「慕情」への転換、或いはいつもとは逆に「キャラバン」から「月の砂漠」への移行にしびれた。

実は、先月のクラブTで「サクラサクラ」から、いつものようにぶっ続けで何曲か演奏し続けたとき、筆者の隣の席の川崎さんが、絵をかいておられた。後で尋ねたところ、いろんな風景が浮かんできてそれをスケッチしたとのこと。あまりに面白く是非文章にとお願いしたのが、以下に紹介する文章である。多くの皆様にもお楽しみいただけると思います。(青山)

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春の夜の夢 ~或る夜間飛行~  川崎隆章

静かな波の音が聞こえ始めたとき、そこはもう六本木ではなくなっていた。どこだろうか。夜明け前の南国の飛行場。すでに卯月が近い春の海からはしずかに神妙な気配がが立ち上っている。肌寒い北からの風と、北上する大量の暖流が入り混じるとき、海沿いの飛行場に薄く霧がたちこめる。薄明りの中、飛行機は音もなく飛び立った。いや、これは飛行機ではない。一台のドローンであったのか。

ドローンはやがて海を離れ、深い森に飛び込んでいった。そして、いつか写真集で見たことがある山道をくねくねと飛んでゆく。

これが「熊野古道」なのだ、と思った。では、さっきの空港は南紀白浜で、あの海は黒潮だったか。四つのプロペラは音もなく回っている。聞こえるのは野鳥の声と光の注ぐ音。山蔭、羊歯、古木、苔むした岩、粘菌の遊ぶ山道。夜明け前の森に、糸のように細く降り注ぐ月光のカーテンをくぐって、ピアノの音に導かれたドローンが飛んでゆく。

突然、古道を抜けて、開かれた山里に飛び出した。夜は明けていた。そこにはまさに「朝日に匂ふ」がごとき一面の山桜であった。これは吉野だろうか。楽の音に囃された山々が深い山桜の色に自身を染め上げていた。昔ながらの「さくらさくら」の優美な世界がひろがる。威勢と潔さを誇るソメイヨシノではない、いにしえの大和だ。

ピアノの光。チェロの朝風。コンガの木霊。天から甘い歌声。天女はどこだ。歌は高まる。鮮やかなシンバルの一撃。一閃の光あって、山頂から上る太陽の光。

ドローンは光を浴びた途端、巨大な旅客機に変身した。風を切るドローンに捉まっていた私は「雑誌のグラビアでしか見たことがない」ファーストクラスの座席にいた。

飛行機は千年変わらぬ隠国の上空をゆっくりと巡り、再び太平洋の上空へ。曲の移り変わりが景色の移り変わり。夢の中の飛行は地図通りではない。富士山もシベリアの大地も、グアナの蓄積する孤島も消えたはずのゴンドワナの大陸も見える。緑のタペストリーのような十勝の大農場にスフィンクスが遊んでいる。

地球は丸い。時間感覚がおかしい。朝と夜がまたたくまに繰り返され、夜明けと夕暮れが窓の両方に見える。ああ、今聞こえている曲はなんだっけ。よく知っている曲なのに。目の前に広がる情景が記憶のタイトルを追い越してしまったようだ。

極彩色の花々が咲く砂漠の島に飛行機は着陸した。飛行場だけの島。周囲はすべてウルトラマリン。こんな砂漠だけの島になぜこんなに盛大に花が咲いているのか。花々は月光と歌声をだけを吸ってきたのか。

飛行機はいつのまにかロケットに変身し、日没とともに音もなく打ち上げられ、あっというまに八方を星屑に包まれた無限の空間に停泊した。

時間は止まり、私はやっと曲のタイトルに追いついた。おなじみMistyである。

声の主は、宇宙遊泳の最中であった。全身に巨大なオーロラをまとい、光に半分溶け込んだ女神がいままで聞いたことがないほどゆったり歌う。ピアノの流星、チェロの銀河、コンガの星屑、パーカッションは、流れの止まった時間をランダムに刻んでいる。

重力もなく、方角も時間もない「完全自由世界」に、やがて、スピードが生まれた。それはテンポの速さというよりはイメージの早さだろうか。天空はぐるぐると回り、流星や太陽風が自由に飛び交いはじめた。天女は自在に姿を変えて、私を宇宙の核心へと誘う。機体は激しく旋回。心地よい狂気で全身が心臓のように鼓動した。

やがて激しくクルクル回りながらロケットはどこかの大地に突き刺さった。私は地上に放り出されたが、そこはまさに巨大なパーティーの会場で、何万人もの人々が無事着陸を祝う宴を楽しんでいた。星の伽藍には、沢山のロケットがシャンデリアのようにぶらさがり。巨大なオーロラスクリーンには、次の場面が映しだされていた。ガラスのラクダがクリスタルの王子と王妃を乗せて銀河の砂漠に歩みだそうとしているところだった。

録音機でも記録できない音楽。菅野邦彦、新井光子、出村克明、佐々木豊、さがゆきの五人が3月24日の晩、六本木Club tでの演奏。およそ30分間の、ほとんど切れ目のない音楽の航路。聞きながら書いた落書きのようなメモが手元に残ったので、それを清書してみたが「一幕の夢」を書き残すには、まるで間に合わない。再現できない記憶だけが残っている。これをなんとかしたい。だから、今夜も聴きににゆくのだ。