もう昨年のことになるが、筆者は菅野を誘って、筆者がお手伝いをしている認定NPO法人の訪問看護ステーションの理事であるA氏宅を訪問した。
A氏は大の音楽好きであるが、昨今ほとんど声が出なくなり、さらに車椅子生活をよぎなくされている。同NPO法人の理事のTさんの依頼もあって菅野のピアノで音楽好きのA氏を慰問したいと思った。
A氏のお宅にはかってA氏の叔母が居住しておられたが、彼女はその昔ピアノ留学しヴィルヘルム・ケンプの愛弟子であった。ケンプは何度も来日したがその都度現A氏宅に愛弟子をたづねた。
その日、菅野、Tさんと私はA氏の居間にてA氏の奥方から、美味な紅茶とともにケンプゆかりの品々を拝見した。ケンプからA氏の叔母宛のいくつもの手紙、ケンプのサイン入りのコンサートのプログラム等々に菅野は驚愕、驚嘆。クラシックファンならずとも垂涎の的だとつぶやく。それにしてもケンプさんがおられた同じ部屋でピアノを弾くことになるとはと襟をただした。
菅野はいつものようにスタンダードから弾き始め、アドリブの最中には笑顔をA氏や奥方にむけて実に楽しそうである。A氏は車椅子をピアノのそばまで近づけて聴き入っている。Tさんの讃美歌のリクエストにこたえると、Tさんが「この曲がこんなに荘厳で楽しくなるなんて」と驚喜する。(菅野はクリスチャンの彼の祖母の影響もあってか教会音楽に詳しく、感性にその神髄が組み込まれているのか時としてその感性がほとばしる。)最後にTさんが「Aさんの好きな想い出のサンフランシスコをお願いしたら」の声で菅野が弾きだすと、驚いたことにA氏が歌い始めた。
小さな小さな声ではあったが、ほとんど声がでないA氏が実に楽しそうに歌っている。菅野と音楽の力にあらためて驚いた午後であった。