古都の思い出

もう昨年のことになるが、京都ブルーノートが京都から奈良市ならまちに引っ越した。12月21日の日曜日、菅野は招かれて藤井美智(tp)清水ひろみ(v)とともにそのブルーノート 奈良に出演した。当日は四国を含む関西各地からのお客様で大盛況。乗りに乗った演奏に皆さん大満足されたようだ。菅野はなによりも古都にふさわし立派な店構えがうれしかったらしく、参加できなかった筆者に幾度も力説してくれた。また、お店のヤマハのグランドピアノがヤマハのNo.1ではないかという。(ちなみにスタンウェイでは沼津のサティのピアノを評価している。)

同時に菅野は古都の空気を堪能したらしい。京都より古い奈良のならまちあたりを散策し、春日大社の荘厳さに打たれた。次回機会があれば筆者も同道したいものだと思っている。

 

未来鍵盤が音もデザインする

高級志向の雑誌と知られる「GQ」の最新号に、写真入りの2ページで、21ウルトラキーボードが「ピアノ300年の歴史を変えるデザインの革命」 ”未来鍵盤が音もデザインする”として菅野とともに紹介されました。いい記事になっていると思いました。早速読者の一人から下田に出かけて聴いてみたいとのメールをいただきました。

 

さかもとふさ 型絵染アート展 -松の響きー

ライブスケジュールでもご案内中ですが、菅野邦彦の姪の著名な型絵染アーティストのさかもとふささんの「型絵染アート展 -松の響きー」が恵比寿のカフェラヴァンドで9月17日(土)から10月7日(金)まで開催されます。型絵染をご存じない方も是非その素晴らしさに触れてみていただきたいと思います。

また、9月29日(木)には菅野邦彦がピアノソロでコラボします。(ライブスケジュールを参照ください。)

 

 

21ウルトラキーボード進化版完成

下田ビューホテルのオーナーの丸山氏の絶大なるサポートをえて、ホテルのレストラン「シャンタン」に21ウルトラキーボードが設置されてからはや数年がたつ。「シャンタン」で菅野の弾く21ウルトラキーボードの素晴らしい音色に驚愕し、聴きほれた皆様も多いと思う。

ところで、その鍵盤はいわばプロトタイプで、菅野や菅野のサポーターの鍵盤技術者?の諸氏による数限りない改良、改善の手がはいっている。ああでもない、こうしたらもっとよくなるのでは、もう少しタッチを軽くするには等と、最上の音をもとめて、削ったり、貼り付けたり、いわば満身創痍になりながら、健気にも音をかなでてきたのである。(平成元年の発案以来30年近くの試行錯誤の年月を数えている。)

このほど、蓄積された経験を活かし、工業化のモデルにもなるような特殊プラスティックの鍵盤をつくろうと、甲賀氏、川村氏の鍵盤技術者?が協力して、ついに「進化版」が完成し、丸山氏の下田ビューホテルに納入された。現在、菅野は、「シャンタン」の進化版で修練、試練の日々をおくっている。(添付が進化版21ウルトラキーボードの写真です。)今後工業化の途がひらけることを願っている次第です。(2016.07.23  後援会 青山)

New1 New2 New3 New4

Kuro-Bar

昨夜6月23日は黒澤佳代子さんのお店銀座のKuro-Barでのピアノソロのライブ。菅野の大ファンの黒澤さん、お店の常連の国分さんのご尽力もあって、盛況裡に。菅野の学生時代からの友人達、昔の大名のご子孫の方々ー毛利氏、徳川氏に会えて菅野は大感激。さながら学習院の同窓会。お二方にはのりがあって実に渋い味のある歌を披露いただいた。くわえて、お客の皆様ー男女のピアノ、ヴォーカル、遊びに来ていた館田美沙子さんのヴォーカルでもりあがり、実に楽しい夕べとなりました。ー黒澤さん、ありがとうございました。

追伸:久々に裏話をアップしました。「少年時代」ご一読いただければ幸甚です。

21ウルトラキーボードの商標登録

1年以上の時を要したが、このほど漸く「21ウルトラキーボード」関係の2件の商標登録が完了した。

商願2015-038272 21ウルトラキーボード

商願2015-038273 21ウルトラキーボードボンボン

なお、出願費用、登録費用等は寄付で賄うことが出来ました。ご寄付いただいた皆様に厚くお礼を申し上げます。(後援会 青山)

 

KEYSTONE CLUB 東京

山口県周南市の名店「キーストン」のオーナー 山中英治さんは昔からの菅野のファンである。その山中さんが、東京にも楽しい音楽とお酒の店をとの想いからこの4月に六本木に 「KEYSTONE CLUB 東京」をオープンされた。29日には菅野邦彦トリオで出演します。ぜひお誘いあわせの上お出かけください。

ヴィルヘルム・ケンプ

もう昨年のことになるが、筆者は菅野を誘って、筆者がお手伝いをしている認定NPO法人の訪問看護ステーションの理事であるA氏宅を訪問した。

A氏は大の音楽好きであるが、昨今ほとんど声が出なくなり、さらに車椅子生活をよぎなくされている。同NPO法人の理事のTさんの依頼もあって菅野のピアノで音楽好きのA氏を慰問したいと思った。

A氏のお宅にはかってA氏の叔母が居住しておられたが、彼女はその昔ピアノ留学しヴィルヘルム・ケンプの愛弟子であった。ケンプは何度も来日したがその都度現A氏宅に愛弟子をたづねた。

その日、菅野、Tさんと私はA氏の居間にてA氏の奥方から、美味な紅茶とともにケンプゆかりの品々を拝見した。ケンプからA氏の叔母宛のいくつもの手紙、ケンプのサイン入りのコンサートのプログラム等々に菅野は驚愕、驚嘆。クラシックファンならずとも垂涎の的だとつぶやく。それにしてもケンプさんがおられた同じ部屋でピアノを弾くことになるとはと襟をただした。

菅野はいつものようにスタンダードから弾き始め、アドリブの最中には笑顔をA氏や奥方にむけて実に楽しそうである。A氏は車椅子をピアノのそばまで近づけて聴き入っている。Tさんの讃美歌のリクエストにこたえると、Tさんが「この曲がこんなに荘厳で楽しくなるなんて」と驚喜する。(菅野はクリスチャンの彼の祖母の影響もあってか教会音楽に詳しく、感性にその神髄が組み込まれているのか時としてその感性がほとばしる。)最後にTさんが「Aさんの好きな想い出のサンフランシスコをお願いしたら」の声で菅野が弾きだすと、驚いたことにA氏が歌い始めた。

小さな小さな声ではあったが、ほとんど声がでないA氏が実に楽しそうに歌っている。菅野と音楽の力にあらためて驚いた午後であった。